たんぽぽ仮面のタイムライン

言葉と絵とお酒にムズムズします

〈声質〉

中秋の名月を見忘れたと思って、少し窓を開けたら、外から大きな話し声が聞こえてきた。

いい声だなぁと思った。


私は自分の声があまり好きではない。
くぐもっていて、人混みの中や賑やかな場所だと、意識して声を張らなければ隣の人にも伝わらない。
だから、もわんとした声の人が舞台俳優であると知ると、どんな発声練習をしたら観客の後ろまで届くんだろう…などと気になってしまう。

中学の時にコの字形の校舎の屋上で、あっち側とこっち側に居る友人同士が、大声でお喋りして会話になっているのが羨ましかった。私の声は風に吹かれて消されてばかりいた。
身体全体を音響装置にしたような、わっと響く声量で歌ってみたいという願望だって、今でもある。

 

以前、映像の仕事をしている人から、非常用アナウンスの音源を女性の声で録りたいから協力してほしいと頼まれ、面白そうだから引き受けた。
その人が合図をしたら、録音用のマイクに向かって
「火事です。火事です。」
「慌てず、周囲に気をつけて非常口に向かってください」
というような何種類かの台詞を順番に録っていく。
それは私にとって、とても貴重な経験だったが、その音源が使われることはなかった。

何故なら、何テイクかやっているうちに、その人がフフッと笑いながら
「うーん。どうも緊迫感がないんだよなぁ〜。
なんていうか、物語の読み聞かせみたいで、これじゃ誰も逃げそうにないねぇ。」
と言ったからだった。

私とあなたは!
今まで何度も話す機会があったのに!!
私のこの、牛乳の膜みたいな声質と話し方を知ってたんじゃないのか!!!
と衝撃を受けたが、読み聞かせみたいな非常アナウンスってのが可笑しいのと、私の好奇心は満たされたのとで、まぁいいやと思った。

 

結局、その音源の件はどうなったのか知らない。

もし、「実のところは逃げてほしくないんだけど一応形式的に流しとかなきゃいけない」的なアナウンス音源が必要になったなら協力できそうなので、声をかけてほしいと思う。