たんぽぽ仮面のタイムライン

言葉と絵とお酒にムズムズします

〈映画THE FIRST SLAM DUNKレビュー〉ネタバレ有りVer.1「物語」

※個人的な解釈・考察と共に、映画の膨大なネタバレを含みます。

〈目次〉

▼▼ネタバレなしVerはこちら。

▶︎登場人物の考察についてはこちら

1.「対比」と「継承」

映画では、過去と現在や人物同士の「対比」「継承」の描写が効果的に描かれていると思う。以下に例を記してみます。

▶︎神社の亀

最も分かりやすいと思った「対比」がこれ。

試合前、高校バスケ界の王者・山王工業高校の大エース・沢北が神社に参拝するシーンで、やたら池の亀が丁寧に描かれている。「この亀、なに?」と思った人も多いと思う。私の解釈では、この亀は、宮城リョータの暗喩だ。

沢北が、資質も養育環境もバスケに恵まれ、バスケを"やりたくてのめりこんできた"「兎」だとする(300段の階段を労なく昇降できるのも兎っぽい)。一方で、リョータはバスケ以外にも翻弄されながら、バスケを"唯一の生きる支え"として地道に努力してきた人。だから「亀」はリョータ、という対比だ。

昔話の「兎と亀」のように、「亀(リョータ)が兎(沢北)を追っている」という比喩だと考えると、映画のラストシーン、バスケの国・アメリカで、沢北とリョータが対決することにも繋がるのではないか。

エリートコースであるバスケ留学をしている沢北に対し、体格も経済的にも不利なリョータアメリカの地に立つということ。原作では、アメリカでのプレイは遠き夢のように描かれていたけれど、令和の現在は、「体格や資金力や日本人であることなどの理由でバスケの夢を断たなくていい、世界へ挑戦していけよ」という、井上先生のメッセージなのかもしれない。

(事実、井上先生は、バスケへの情熱と能力をもった若者を支援する「スラムダンク奨学金」という制度を創設している。)

▶︎「待ってたぜ、問題児」

桜木花道が一度ベンチに下げられてコートに復帰する時、リョータが花道の胸ぐらを掴んで引き寄せ、上述のセリフを言う(原作にはない)。

映画での回想シーン、アフロの嫌味な3年(映画オリジナルキャラ)がリョータを「問題児」呼ばわりした際に、赤木は「宮城はパスができます」リョータを庇った。今まで赤木からは「声を出せ」「お前のプレイはチャラい」と注意されていたが、赤木はリョータのパス技術を認めていたのだ。それを聞いたリョータは「赤木の意外な言葉への驚きと、少しの嬉しさが観て取れる表情(「re:SOURCE」P.058)」になる。

そして花道もまた、不良の「問題児」だ。原作で、父子家庭の花道が中学の時に父親を亡くしていたが、それ以降養育者が描かれない。だからもしかすると、設定上では高校一年生で一人暮らしなのかもしれないと私は思っている。親戚一同から嫌厭されているのではないかな、勉強もせず喧嘩ばかりの不良の「問題児」と。だとしたら、映画の、コートでリョータから「待ってたぜ、問題児」と迎えられて花道の瞳が揺らぐのは納得だ。

現キャプテン赤木に受け入れてもらえた、元問題児で次期キャプテンのリョータが、今度は現問題児・桜木を受け入れる(="受容"の「継承」)。チームの大事な一員としての"お前"を待ってたぜ、と。花道に掛けた「問題児」には、「暴れてやれ」という期待もこめられているんじゃないかな。最強チームとの大一番の試合だけれど、お前らしく思い切りやれよっていう、先輩らしい包容力のあるメッセージとも、私は感じたのだ。

そんな花道は、自分を受け入れ必要としてくれる場所(湘北バスケ部)を見つけたから、背中を負傷しながらも選手生命を懸けて試合に臨む決意が固まったのだろう。安西先生に対して放った「俺(の栄光時代)は今なんだよ・・・!」の言葉の重みたるや。花道は今まで、こんなに誰かから期待され必要とされたことがなかったんだもんね。号泣ですね。

▶︎「アイツは大丈夫です」

かつてミニバス後半戦で不調になったとき、おっさんに「ダメだな、兄の代わりにはなれない」と言われて心潰れたリョータ。山王戦後半戦で同じような状況になったけれど、彩子から「アイツは大丈夫です」と信じてもらえる、という対比が眩しい。

▶︎赤木の本当の願いとは

「赤木のワンマンチーム」と呼ばれ続け、いつでも自分が何とかしなきゃと戦ってきた赤木。山王戦で初めて、自分が河田(山王のセンター)に負けてもいい、自分が裏方に徹しても湘北が負けるわけではないと思えた描写。赤木はここでやっと、1プレイヤーとして戦えたのかもしれない。

印象的なのは、アフロの3年が「ひとりデンデン♪ぼっちデンデン♪」をやったあと目が覚めて「俺の願いは、もう叶えられている」のシーン。めっちゃ良いシーン。(アフロ3年に「上から"見下ろす"景色はどうだ?」と言われた後に、目が覚めて、赤木が湘北4人を"見上げる"、という対比の構図。)心配そうに覗き込む湘北4人の顔、赤木を起こした後の4人それぞれの頼もしく優しい表情。審判に「大丈夫?」と聞かれたときの赤木の「大丈夫です」という芯のあるハッキリした返事に、いろんな意味の「大丈夫」が含まれていたね。

赤木は全国制覇が目標だったけど、「全国制覇の夢を一緒に追えるメンバーと共にバスケで戦う」ことの方が、本当の願いだったのかもしれない。逆境に負けずに守ってきた信念が、ちゃんとチームメンバーに引き継がれている

▶︎「俺たちなら、できる」から読み取るネクストステージ

湘北のハドル(円陣)の締めといえば「俺たちは強い」という言葉。しかしこれは今まで初戦敗退常連で「弱小校」と言われているからであり、あえて自分達で「強い」と言って鼓舞する言葉。

しかし山王戦終盤で、すでに王者山王に対等に渡り合えている。つまりもう"俺たちは強い"のだ。後半残り2分、"あとはできるかできないか"というフェーズに立っている(今までの湘北と現在の湘北の対比)。

だから、映画オリジナルのリョータが呼びかけたハドルの締めが冒頭のセリフになる。そう、リョータ「俺たちなら、できる」という言葉。「強いか弱いか」から、「できるかできないか」へ。それぞれが乗り越えてきたものが繋がって絡み合って結実し、湘北チームは試合中に次のステージに立ったのだ。

2.止まった時間が進むとき

インターハイ遠征前日。リョータの誕生日のシーンは"宮城家"の理解が深められる超重要なシーンである。

誕生日ケーキを食べるとき、リョータが自室から出てきて座った際に一瞬母を見る。誕生日の主役が来たのにテーブルに背を向け洗い物を続ける母。母が洗い物を終えた時にはリョータは完食し、自室へ戻っている。きっとこれは今年に限ったことではないのだろうな、と思わせる淡々とした流れ。

少し戻って、ケーキのイチゴの話。何でリョータはソータのイチゴを取って食べたのか?疑問だったけど、アンナは母のイチゴを取って自分のケーキに乗せているのに気づいて考えた。私の考えだが、これはきっと、幼い頃からの"家族"の習慣なのではないか。過去、兄が自分のイチゴをリョータにあげて、「りょーちゃんだけずるーい!」と言ったアンナには母が「ほらじゃあ、母ちゃんのあげるわよ」っていうやりとりがあったのかもしれない、と想像した。

母とリョータは、直接の会話ではなくアンナを通して情報伝達するのみで、ギクシャクしたままの関係。それでも、年1回だけ来る誕生日にはかつての習慣をやめられないまま、むしろ、やめないことで、ささやかな"家族"めいたものを綱渡りのようになんとか保っているのかも。

さてしかし、リョータが自室へ戻ったあと。ここからが今年は違う。

アンナが他意なく発した「(リョータにとってソータは)ずっと3歳差。もうとっくに追い越しているのにね」。アンナはもう、8年前に海に出たまま帰ってこない兄のことを死んだのだと受け入れている

これに刺激されたのが、母。意を決してリョータの部屋を訪れ「誕生日おめでとう」と伝える。リョータも振り向かずに「ありがとう」(きっとどんな顔をすればよいのかわからない)。こんな当たり前の一言を告げるだけでも、とても勇気のいることなんだなと思わせる。母はリョータ自室の襖をしめて、ふうと息をつくと、玄関に釣りから帰ってきた格好のソータの幻影を見る(="おかえり"の姿)。これは他解釈あろうけど、ソータがやっとこの家に帰ってこられるという予感。つまり、ソータの死に向き合えるようになりかけている描写なのではと思った。

その夜、母は昔のミニバスのビデオを観る。多分、亡くなったソータの事実に向き合い、想いを昇華させるため。そして、リョータにもう一度向き合うため。観ているホームビデオには、幼い頃のリョータを励ましたり、明るく声かけをする母の声がビデオに映っている。元々はこんな親子だったのだ。

一方、リョータは自室で「母上様へ」の手紙をしたためている。「生きているのが俺ですみません」と8年間抱えていた思いを握りつぶし(捨て)、バスケをやれている感謝と語らなかった心の内を綴る。

翌日、ずっと喪服のような黒い服ばかり着ていた母が初めて白いシャツを着ている。母も一歩踏み出し、リョータも手紙をきっかけに過去の自分と決別して一歩踏み出す。

そしてインターハイ後。海を眺めて座っている母を見つけて、すこし距離を置いた隣にリョータも座る(多分手紙書く前だったら気づかないフリして帰宅していたと思う)。母から「山王ってどうだった?」と聞かれる。リョータは一瞬考えたあと、「強かった・・・怖かった」と言う("弱さ"を素直に吐露できる=相手への信頼)。表情が緩む母。ここの会話、手紙にあった「バスケ見にきてくれて嬉しかった」を受けていると思う。母も「観に行ったよ」とは明かさないんだけど、インハイの出発時間も知らなかった母が2戦目の対戦相手は「山王」であったと知っているのだ。スマホもない時代。あの試合を母が観に来てくれていたんだってことは、この一言でリョータには伝わったと思う

そして、母とリョータ、目を合わせての「おかえり」「ただいま」のシーン。「おかえり」「ただいま」は、二人がずっと言いたくても言えなかった言葉。"家族"が家に帰ってくること、母にとってはかけがえのないこと。

このリョータの「ただいま」は、ソータの「ただいま」でもある。話題に出すことすら避けられていたことで、8年間"無きもの"とされてしまったソータは、ようやく宮城家に帰ってこられた。リョータがポケットに手を入れたのは(屋上リンチ事件で震える手をポケットに突っ込んだのとは逆の手だ)、ここでは恐怖からの震えを隠すためではない。そっちにソータのリストバンドが入っているから。ソータの遺品を母に渡し、ようやくソータは母の元へ。と同時にリョータは、8年間心の中に巣くっていた罪悪感を手放し昇華することで、"家族"のリスタートになるのだ。

3.井上先生の「死生観」

上述「2」に関連して、映画では、井上先生の死生観がよく現れていると感じた。

公式本で「ソータのイメージは風」とあるように、劇中も「あ、またソータ来た!どんだけリョータ見守ってんねん」と微笑ましく思うようになってしまった。今思い出すだけでも、これだけある。

・自暴自棄になってのバイク事故の瞬間、リョータ沖縄の景色が見えたのは、ソータが守ってくれたという意味なのでは。

・事故後の沖縄一人旅、ずっと重たい曇天でどしゃぶりの雨まで降るんだけど、ソータとの秘密基地でソータの思い出に触れて、劇中で初めて咆哮する。(思い出したら泣けてきた。)で、その時、リョータの肩越しに見える夕焼けは綺麗なんだよ。ソータが雨雲を追いやって、リョータを励ましているとしか思えないのよ私は。

・山王戦前夜、心臓バクバク状態のランニング中リョータ背中を押すように風が吹く。彩子に会って、「そうだ、緊張したら掌を見よう」と彩子が助言したとき、風が雲をどけて月が二人を照らす。(ちなみに彩子提案のこれは「アンカリング」といって、プロアスリートなども使用しているメンタルコントロールの技法。彩子が知っていたのかはわからないけど、理にかなった的確なアドバイスだ。)

・土砂降りで始まる後半戦、いつの間にか日が差して、湘北の猛追が始まる。この雨雲を追いやったのもきっとソータ。(余談だけど、これはED曲の歌詞「雨上がりのシャンデリア♪」を思い出すね。シャンデリアがあるのは舞踏会のような晴れやかな舞台。安西先生の映画オリジナルのセリフ「宮城くん、ここは君の舞台ですよ」ともリンクする)

・深津のインテンショナルファウルを貰ってからリョータフリースローを投げるシーン。コートに風が吹き抜ける音がする。

亡くなった大事な人は、いつでも自分を見守ってくれているという井上先生の認識を垣間見るシーンの数々。

現代の日本で、人と死別するときに、いったいどれだけの人が、相手に感謝や伝えたいことをふんだんに伝えてから別れられるだろう。ほとんどの人が、ある日突然、大事な人を失う。帰ったら謝ろうとか、次に会ったら伝えようとか、引き伸ばしたままで今生の別れをしてしまう人がどれだけ多いだろう。

リョータがソータに投げつけた最後の言葉も「もう帰ってくんな!」だった。そう考えると、最後のメッセージがひどいものだったとしても、「大丈夫、亡き人はあなたの事を見守っているんだよ」という描写は、どれだけの遺族の心を救うだろう。今のこの日本で、このメッセージを提示してくれてありがとうと思う。

★★Ver.2〜3登場人物考察に続きます★★

retimeline.hatenablog.com