〈恐怖の耳鼻科〉
綿棒で自分の耳掃除をしていた。すると、耳の中から不穏な音が。
「がさっ」
え、なになに今のウソでしょ?と思って、もう一度さっきのところを触る。
「がさっ」
パニックになり、ネットで耳の不快症状について検索をする。
急性中耳炎、滲出性中耳炎、外傷性鼓膜穿孔等々、何やら痛々しい病名の羅列。その他に
「耳の奥から出られなくなった虫が卵を産んでしまい、孵化した幼虫が身体の中を…」
なんていう話もあり、血の気が引いて頭痛がしてきた。
すぐに耳鼻科を検索する。かかるなら名医が良い、セカンドオピニオンの必要もないような、名医が!
少し遠いけれど口コミで評判のよいクリニックを見つけたので、急いで向かった。
清潔でやわらかい雰囲気の院内。
初診なので、受付のスタッフに問診票を渡された。
住所や名前など必要事項の下に、「具合の悪い箇所」という文字と、人体模型みたいな上半身と顔面のイラストが描いてあり、私は耳の部分に濃いめにマルをつけた。
「症状をお書きください」という欄がある。
普段の私の字の大きさだったら2行程度しか書けないような細長い枠に、ボールペンを走らせた。
「耳の奥に異物感あり。耳掃除をしている時に綿棒の先に何かが触れた気がする。雑音がする。触れた瞬間、少し痛みが伴う。今朝から軽度の頭痛あり。
昨夜寝返りを打った時に、蚊を耳で閉じ込めたかもしれません。」
5文字はみ出た。
医者の前で緊張して喋れなかったら困るので、言いたいことや診療の参考になりそうなことを全て書き込んだのだ。
よし、大丈夫、これでいい。
診察室に呼ばれた。ずんぐりむっくりした熊のような男性医師が、笑顔で迎えてくれた。
多分私は、結果を知る恐ろしさのあまり青ざめた顔をしていたと思う。
「ちょっと耳の中を拝見しましょうね。」
冷たい銀色の器具を耳に入れ、覗かれた。
「…ん?」
やめて。ん?ってやめて。膝の上で握った拳に力が入る。
「ははぁ、なるほどね。」
先生は機械を別のものに持ち替えて
「見ます?モニターに映してみましょうか。」
と提案してきた。
「あ、いえ、結構です。」
孵化した蚊の幼虫なんかをモニターで見たら失神する自信があるので、即答で断ったのだが、
「あ、そう?見たがる人多いけど…」
と残念がるので、そっかせっかくの機会だと思い直し、見せてもらうことにした。
モニターに映し出されたのは、細くて短い黒い線だった。もしや、虫の触覚でしょうか?
「細ーい髪の毛です。洗髪やなんかの拍子に、入っちゃったんでしょうねー。」
そしてまた銀色の器具と、ピンセットみたいなものを手に取り、あっという間の早技で私の耳からその毛を摘み出してくれた。
見せてもらうと、なんてことはない、赤ちゃんの産毛のような、ひょろっこい細さの髪の毛だった。
病気でも炎症でも虫でもない、結果的には万々歳だ。
ずんぐりむっくり先生は良かったねぇと笑っていたが、私の方は全然笑えなかった。
「症状をお書きください」欄に5文字はみ出してまで書いた大袈裟な文章が頭に蘇ってくる。
今すぐ問診票をビリビリに破り捨てて、診察室の窓を蹴破って外に逃げたい。恥ずかしさに悶絶した。
小さな出来事を大きくするこの性質を、なんとかしたい。