〈酒肴〉
ひとりで飲むときのお酒は、人と飲むのとは違う過ごし方があって楽しい。ひとりのときの酒の肴には何が良いか、考えていた。
一つ、結論が出た。短歌だ。
図書館で、黒地に星空のイラストが描かれた表紙に惹かれて借りてみた歌集が、めちゃめちゃよかったのだ。岡野大嗣さんの歌集「たやすみなさい」という本だった。
短歌は、酔いが回ってふわふわしている時でも、するする読めるから良い。短歌なので「あれ、どこまで読んだっけ」といちいち探す必要もない。
読む、咀嚼、わかるわー、読む、咀嚼、つらいねぇ、読む、咀嚼、ふふっと笑う。
どれをつまんでも味わえる。一首ずつのいろんな味、アラカルト。
つま先にからめて脱いだ靴下を掲げて今日を休戦します
酒を飲むという怠惰をしているんだから、生きざまや仕事ぶりを熱く説く意識の高い本よりも、だめだったり切なかったりする風情を味わうほうがいい。履いていた靴下を脱いで寝っ転がって、今日はもう休戦しよう。
どこがサビなんだかわからない曲をリュックの軽さみたいにすきだ
空っぽのリュックみたいに盛り上がりのない曲が、そういう気軽さ含めて好きなときがあるよね。
ぼくの聴く音楽こそが素晴らしいと思いながら歩く夜が好きだよ
インディーズの、この音楽を解っている自分はイケていると思いながら歩く部活の帰り道、それを全国あちこちで思っている人がいるのくらい解っているけど、今は知らんぷりして。退屈な通学路は耳だけでも自分で楽しくするんだよね。
きみとただ花火したくてよく冷えた水道水を飲みながらした
ペットボトル飲料ではなく、公園の水道水。学生だろうか。無計画ぶりがいい。
付かなくて燃やした花火の燃え方がきれいでどうしたらいいんだろう
花火を口実に「きみ」を誘ったものの、肝心の花火が付かなくて気まずい。盛り下がる「きみ」。付かないから、いっそ花火ごと燃やしちゃおう、と。そしたら綺麗だった。葬いの送り火のようで。もうすぐ消えてしまう火、そしていずれ消えてしまうだろう「ぼく」の恋。でもこの瞬間がとても綺麗だ。綺麗で、どうしたらいいんだろうという焦燥。はあ、うわあ、好き。
銭湯のにおいがすると幸せでそういう香水はありますか
ありませんね、大好きです。
たやすみ、は自分のためのおやすみで『たやすく眠れますように』の意
読んでて思うのは、どうもたやすく眠るのが苦手であろう著者・岡野さんだ。もう少し、夜更かしに付き合おうと思う。