〈丸善〉
話し方が柔和で、動作に品があり、私ひょっとしてVIPだったかしらと錯覚するような丁重な接客を受けた。
私のなかで、接客が当たりだと感じた時の買い物は大成功するというジンクスがあるので、私は衝動的に、長らく替え渋ってボロボロになっていた腕時計のベルトをそのお店で替えることに決めた。
今日ふと丸善に行きたくなって(絶対、先日の子Bの「檸檬」事件の影響だ)、腕時計をつけていったのだった。
その腕時計は学生の時に横浜のロフトで買ったものだ。
カラーリングは山吹色と茶色がベースで、メンズだけどごつくもなく、レトロなラジオのおもちゃみたいなデザインで可愛い。
当時の私にとっては高価な買い物だったけど、以来十年以上手元にあり続けたくらい、未だに揺るぎなくお気に入りだし、お婆ちゃんになっても残しておきたいと思えるものだ。
もうその腕時計のブランドはなくなり、ベルト交換をしたくても同じものはない。
近隣の時計修理のお店を見て回ったけれど、24mm幅のベルトは取り扱いが少なく、あっても好きなデザインじゃない。
妥協はしたくないので、ネットでも探していたけど、どれもピンと来なくて長らくそのままにしていた。
その丸善の店員さんは、お店に並んだ品々からしたらさして高級ではない私のオンボロ腕時計をとても大切に扱ってくれた。
単に、あまりに年季が入って呪いでもかかってそうだから恐る恐る触れていただけなのかもしれないが、私は嬉しかった。
生まれ変わった腕時計をはめて、そうだ梶井基次郎氏の「檸檬」を買って帰ろうと思ったんだけど、久々に大型書店に来たものだから楽しすぎて疲れて、結局違う本を2冊買って帰った。