〈成果の名義〉
昔、夢に鬼が出てきて、私と友達になった。
鬼と言っても、高校生くらいの男の子の風貌。
その鬼は理系の閃きが冴えていて、しょっちゅう何かを発見して学者を喜ばせるんだけど、
鬼が学会で発表なんてできないから、実験仲間(人間)の名義で発表されていた。
数々の功績をたたえた表彰状やトロフィーが、鬼の部屋にきれいに並べられていた。
鬼は、一つ一つを見つめながら、どんな発見をしたのかを誇らしげに説明してくれた。
最後に、トロフィーに刻まれた文字を指して
「ここはなんて描いてあるの?」
と私に聞いた。私は
「誰かの名前だよ」
と答えてそれを読み上げた。鬼は
「僕の実験仲間だ」
と言って憮然と文字を見つめていた。
その夢はいったん終わったが、次の夜にまた鬼が出てきて、同じ暗い表情のまま呟いた。
「伝えたくても、文字が書けないんだ」
夢の出来事でありながら、目覚めた私はガツンと衝撃を受けていた。
鬼の様子からすると、文字以外に意思を伝える術がないようだし、発表が自分の名義でされていなかったことを知らなかったのかもしれない。
《あの実験の結果も、あの発見も、全て、鬼の成果である。なのにこの事実は、世間では知られていない。》
とにかく、並んだ賞状やトロフィーには鬼の名前も記されるべきであった。
それを私はどうすることも出来ずに、夢の中から現実に戻って来てしまった。
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その時期は五輪をやっていて、メダリストたちがインタビューでしきりに、家族や監督や応援してくれた皆に感謝している、という旨を話していた。
そうか。輝かしい功績を残した人の周りには必ず、数えきれないくらいの存在がその成果を支えているんだな。
表に出るのは代表者だけど、その代表者を導いてくれた存在があることを忘れてはいけない。
浮世絵って、絵師と彫師と刷師がいるけど、名が残るのは絵師なんですかね。
例えば、歌川広重が下絵を描いて、それを元に彫師が版を彫って、刷師がインクをのせて仕上げるんですかね。
だとしたら、
「広重さん、注文が細けぇんだよ。でもちゃんと言いつけ通り掘ったぜ!」
と胸を張っている彫師や
「俺がこの色何日もかけて出したのによ、広重さんの作品で使ったら『広重ブルー』だもんな」
と思う刷師がいて、「ちぇっ気にいらねぇな」としょぼくれているかもしれない。
歌川広重の東海道五十三次は本当は、何人かで手掛けた東海道五十三次なのか。
鬼くん、いつかまた会えるかな〜。