〈記憶〉
サザンオールスターズの楽曲「TSUNAMI」がスマホの音楽アプリから流れたとたん、部屋に一瞬、墨汁の匂いが漂った。
パソコンで作業をしながら聴いていたから、実際には墨なんて使っていない。
匂いと同時に、風船に吊られた巨大な書作品がゆっくり上っていく光景が思い出された。
制服を来た高校生の私と、全国津々浦々の制服やジャージを着た高校生たちがそれを見上げている。
高校生のとき、横浜で「全国高等学校総合文化祭」というイベントがあった。
それは、いわば文化系部活のインターハイのようなもので、全国から都道府県代表の看板を背負った文化系の猛者が集う。
私の在学している地元の公立高校は、ちょうど生徒実行委員をやる持ち回りだった。
私は書道科の先生とお喋りしているときに誘われて、書道部門の委員を引き受けた。
そこで、なんでこんな事が起きるんだろうってことが起こった。
書道部門の参加者(つまり全国レベルの実力を持った高校生)の中に、見たことのある名前があったのだ。
私は興奮して、絶対私の知っているAちゃんだと思って、先生にお願いをし、その子のいるグループの担当にさせてもらった。
Aちゃんとは、小学生の時からの文通友達だった。
今では信じられないシステムだけど、私の小中学生の時は雑誌に「ペンフレンド募集!」という欄があって、そこに載っている人に手紙を出して文通を始めたりしていた(現住所と本名を載せていたんだけど、今では考えられない制度だね)。
私も募集側に掲載してもらえて、それを見て手紙をくれた人が100人くらい居てギャーとなったんだけど、その中に東海地方に住む同い年のAちゃんという女の子がいた。
その子は文中私の下の名をフランクに呼び捨てしてきたり、文章が大人びていて、私はAちゃんとの文通がとても楽しかった。
Aちゃんは、THE BLUE HEARTSを聴いてヘッドバンギングしながらバレンタインの告白用のケーキを焼くような子だった。
Aちゃんからの手紙はいつも面白くて、私にとってはもはやエンタメのコンテンツ。
学校生活をエッセイのような文体でワープロで打ち印刷したものを同封してくれたりして、その文章もとても上手で、サラサラ書いたであろう手紙の文字も上手で、只者ではない感じが当時からしていた。
お互い高校受験を控えると手紙の数は激減して、それから年賀状やサマーレターを送るきりになったと思っていたら、偶然にも「全国高等学校総合文化祭」の参加者リストにAちゃんの名前を見つけたのだ。
イベント本番が来る前に手紙を書いた。
総文祭の◯◯県代表に同姓同名を見つけてAちゃんだと思ったこと、もしそうなら私も生徒委員として会場に行くし、しかもAちゃんと同じグループだよと伝えた。
文化祭イベント当日になり、お手紙でしか知らないAちゃんと初めて会場で会った。
イメージ通り大人びて背の高いAちゃんははにかんで、少し低い声で「ヨロシクね」と言った。
会場では、彼女を含む全国の達筆な書道入賞者たちと、予め各自に分担しておいたTSUNAMIの歌詞を大きな用紙に順番に毛筆で書いていって、その用紙の上部に風船をつけて、最後にTSUNAMIの曲をかけて天井まで浮かばせた。
楷書、行書、草書、隷書。それぞれの得意な書体で歌詞が紡がれている。
Aちゃんの毛筆の文字は、強弱がハッキリしてて伸びやかで、とてもカッコよかった。
あれはパシフィコ横浜だったか、何処のホールだっのたか。天井は採光用の窓がたくさんあって高く、明るかったような気がする。
もうあのイベントの記憶は朧げだけど、この曲を聴くと風船に吊られた巨大な書作品と、照れながらAちゃんと交わした少しの会話を思い出す。