たんぽぽ仮面のタイムライン

言葉と絵とお酒にムズムズします

〈手入〉

BIRKENSTOCK(ビルケンシュトック)のショートブーツを長年愛用している。

秋冬はこれを履いて自転車に乗り、公園の砂場で砂にまみれ、落ち葉に分け入り、銀杏を踏み、冷たい小雨に濡れてきた。

年末に、解凍された海老の入った袋を傾けてしまい、海老の汁をつま先部分にこぼしたのでシミまで出来てしまった。いい加減な性格ゆえシミ抜きもそこそこに、そのまま履き続けていたところ、このシミは海老エキスなんですよと自らバラさない限りは、経年劣化のような汚れと化した。

こんなにずさんな扱いをしていても、愛用品は愛用品なのだ。ビニール袋に入れ、お気に入りの風呂敷に包んで店舗に持っていった。初めてブーツのメンテナンスを依頼するために。

お店の一角に、メンテナンスのコーナーがある。そこに立つ修理担当のスタッフさんは、美大出身と言われれば納得するようなアーティスティックな趣のあるひとだった。風合いある革のエプロンを身につけ、背後に並ぶはさまざまな用途の工具、幾つもの薬剤。専門知識と技術を持つ職人さんには無条件に憧れる。胸元の名札にはSとあった。

「こんな汚いの、無理ですね」

Sさんにそう断られるかもしれないとドキドキしながら私は風呂敷を広げた。私の生活ぶりまで見抜かれるようで緊張する。ブーツを見て開口一番Sさんは

「あ、珍しいですね」

と漏らした。そして私が「汚れが目立つ」と思っているこの外靴の、底を、両手で包むように持ち上げた。そのとき手袋を着けていないことに私は驚いた。

「素材はなんだろう…ヌメかな」

やや興奮しているようにも見えた。どうやら、このデザインのものは今はもう売られていないらしい。

愛用しているものが珍しいものだと知ると、心がくすぐったくなる。それに、自分が好きなものを大切に扱ってくれる人に会うと嬉しくなるんだな、と思った。

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受け取りの日。嘘みたいに美しく蘇ったショートブーツを見て、私は声をあげた。

「え!すごいです、見違えるようです!!」

「そんなに喜んでいただけるとやった甲斐があります」

とSさんは笑った。この仕上がりで、お会計はびっくりするくらい安かった。レザートリートメント代で2,750円也。

メンテ前の状態を撮っていません(すみません)が、すごく綺麗になっています

私はスニーカーはダメになると買い替えてしまっているけれど、このブーツのように、初期投資は高額でも手入れをしながら長年使っているほうが結果安上がりになるんだなと思った。

まるで新しい靴を買ったよう。この秋冬は、ピカピカのブーツを履いて歩ける。舞い上がっている私にSさんは問う。

「普段履きでガンガン履かれていますか?」

「ハイ、普段履きです」

「そうかぁ。ひとつだけ、どうしても汚れが落ちなかった箇所がありまして」

「ハイ(海老汁かな?)。」

「この箇所なんですけど。ここの傷?というか着色は、なんでしょうかね。」

「あ〜〜〜〜、なんでしょう・・・(ここで自転車のスタンド蹴ってるなぁ)」

「これで山登りでもしたのかな?と思って」

爆笑してしまった。山なんて登った覚えはない。それほどハードな使い方を連想させてしまう痕ってことね。ほんとに、好き好き言っているのに、いつもぞんざいな扱いでごめんなさいね、マイ・ビルケンシュトック

扱い方はこれからもきっと変わらない無精者の持ち主で申し訳ないけど、痛んだらお手入れしてくれる良いお医者さんが見つかったから、今年もガンガン履くね。